思わず考えちゃう。ヨシタケシンスケ

今日はこれを読了。

ほんの1〜2時間でスラーと読める。

ヨシタケシンスケさんはいつもは絵本作家なんだけれども、そのアイデアの根源というべき普段の生活が垣間見える。

とにかく、身の回りに起こる些細なことを考えちゃう。っていう話。常に手にはメモとスケッチを持ちながら、日々の中にある本当にくだらないものも気づかないものも、考えて、そこに意味を見出そうとする。

それはすごーくあったかくて、そんな考え方できるの?っていう気付きがいっぱい詰まっていた。

何かに悩んでる人は是非読んでほしい。ヨシタケさんの絵本であるそれしかないわけないでしょう。と一緒に買ったんだけども、何か1つの答えを探しもとめて苦しんでいる人に読んでほしい。

それしかないわけない。苦しいことが役に立ったり、楽しいことのあとに悲しさが待ってたりいろんなことに振り回され疲れたり元気になったり、ほんとにどうなるか分からない。分からないからこそ考えるし悩むんだけども、考え方1つで元気になっちゃったり人生その繰り返しなんだけど。

そう考えると偉そうにしている上司も気の合わない友達も、尊敬している先輩も周りに振り回されってばっかりだなぁと落ち込む自分にも愛情を感じるようになる。みんな頑張ってるし自分も頑張ってる。だから自分の中で答えを出しながら堂々と一歩ずつ踏み出せるような気がする。自分も身の回りの小さな事柄に目を向けて考える、卑屈にならずにおおらかに、そして出来るだけ妄想と楽しさを膨らませながら生きていきたいと思えるような本だった。

第1回ランダム散歩 雑司が谷

2019年5月2日

記念すべき第1回ランダム散歩。都内の駅をランダムで表示するアプリで、適当な駅に適当に行ってみようというという思いつきの遊び。記念すべき1回目は、堀切と雑司が谷が出た。堀切を調べてみるとあまりに何もなく、唯一の商業施設はラーメン屋みゆきということで難易度がたかそうなので、今回は雑司が谷にした。雑司が谷は夏目漱石の生家があり、実は前から気になっていたところだ。

午前中に家を出て、まずは新宿三丁目で昼飯を探す。ラーメンの気分だったのでデータベースでいろいろ探し、良さそうなところ(林田と五ノ神)に行ったがどちらも長蛇の列で、三箇所目の海神でやっと入れた。味は…少し並んだ割には普通すぎる普通だった。もう行くまい。。笑

雑司が谷までのルートは、まず西早稲田で降りて漱石山房まで歩き、疲れてなければ雑司が谷霊園まで歩こうということになり、歩き出す。

歩くにはベストの季節で、歩いていて本当に気持ちが良い。学習院女子大学を横目に歩き東西線早稲田に着く。東西線早稲田は妙典時代は良く通過した駅だが降りたことは無かった。早稲田大が近いだけあって学生もちらほら。ゴールデンウイークだからちらほらであって、平常時はもっと多いのだろうな。

早稲田駅の隣に小倉屋という酒屋があるがこれが創業300年という老舗で、漱石の小説にも出てくるし、1600年代末にあった高田馬場の決闘の阿部安兵衛が決闘前に休憩したという場所でも有名らしい。

こうやって土地柄の歴史を感じながら散歩するのが一番の楽しいところだ。途中でおじさん三人衆が古地図片手にあーだこーだ言いながら散歩していたが正に理想の姿だと思った。

それから漱石山房には10分くらいで着き、館内の見学、漱石の歴史、小説の一節の紹介などがあってどれも面白かった。則天去私というのが漱石の座右の銘のようで、小さな私を捨て、自然に従い生きるという意味。大病を患ってから特に思うようになり、逆らったり足掻いたりせず、自然に身を任せて穏やかに生きていこうという決意が感じ取られた。

そのあとカフェで少し休憩し出発。外苑東通りを歩いていると沖縄カンカラ三線カフェというお店があり、中から民謡が聞こえてきていい感じだった。すぐ早大通りに入る。この早大通りはホコ天になっていて、子供達が道に絵を書いたり、サッカーゴールが真ん中に出ていたり、座り込んで酒を飲んでるおじさんなどがいて、いい道なのだけれども少し違う世界に迷い込んだような不思議な感覚がした。それも200mくらいですぐ終わり早稲田大早稲田キャンパスに突き当たる。テレビでよく見る大隈記念講堂も見ることができた。そこから脇道に入り池袋方面へ少し歩いていると、都電さくらトラムの早稲田駅が見えてきた。雑司が谷まで歩いても30分かからないだろうが、路面電車に乗ることも少ないだろう思い乗ることにした。雑司が谷までは5駅。面白い名前の駅がいくつかあった。面影橋とか鬼子母神前とか。。これも機会があれば調べてみたい。そして10分もたたないくらいで雑司が谷につく。ここでは雑司が谷霊園で夏目漱石の墓地を参拝した。きのせいかもしれないが、少しだけ肩が重くなったような気がしたが怖いのであまり考えることはよそう。それから有楽町線の東池袋へは歩いて5分で着き今日の散歩を終えた。

嫁も楽しそうで何より。こういう気持ち良い散歩ができる季節もあと少しだよなぁ。夏が来る前にあと1回くらいは行きたいなぁと思う。

次回への教訓。

①写真をもっと撮ろう。

②下調べ大事、出来れば地図、古地図があれば楽しそう。

仕事日記をつけよう。

読了。

日記は俺もつけ始めてそろそろ2年になる。自分にしてはよく続いている方だ。この本で書かれている効用もまさに自分が実感している部分が多い。

効用として、事象を客観的に整理でき冷静な気持ちになれる。気持ちが落ち着く。書くことで新たなアイデアが生まれる。モチベーションが上がる。言葉も達者になるし記憶力の定着にも繋がった。それらの自信が周りとの関係性を良くしていることにも繋がっていると思う。

まぁダメ社員で自己肯定感が全くなかった自分を少しずつ好きになれたのも日記のおかげだと思っている。

ほとんどの章で共感する部分が多かったが、敢えて自分がまだ出来てない部分を挙げるとすると「読み返し」だ。最近は苦なく色々なことが思い付き、文書量も多くなってきたなと感じるが、読み返しによる傾向分析と改善アクションへの転換はまだ十分に出来ていない。これからは1週間に一回は読み返して1日スパン、1週間スパンと反省と内省を繰り返しながら、よりダイナミックなアクションプランとモチベーションアップに繋げていけたら良いなぁと思った。

■その他

・書くことでメタ認知能力を上げる

・毎日書くことで刷り込まれる。つまり目標を毎日書くことで無意識に刷り込まれて、情報も入ってくるようになる。

・連想する。

・感情を知性へ変える。何の変哲も無い花は貴方に知識が無いだけ。

・自分の物語を構築してモチベートする。

・読み返して自分の特性をしる。

自分の異常性に気づかない人たち

読了。

異常とは何か。人は異常な環境下では異常行動をすることが正常であるとヴィクトールフランクルは言った。注意されムッとするなら正常の範囲内だが、反省なく激怒するならそれは異常の範囲に入るかもしれない。

このように異常の定義は曖昧ながらも、ある程度線を引きながら考えることはできる。

この異常性の話の中で、もっとも闇が深いのは、当人がその異常性に気づいていないということである。

①カレー臭がする。周辺住民の嫌がらせ

②官僚の凡ミス、不安に取り憑かれ入水自殺未遂

③異様なハイテンション 双極性障害

④人を傷つけても心の痛みが無い人、生まれつきのナルシシスト

⑤威嚇、攻撃、前頭葉の萎縮

⑥悪気が無い。人。アスペルガー的特性

⑦死にたいは狂気か本気か。

本書は7つの、異常性に気づかない人たちを紹介してる。幻覚、幻聴、被害妄想、誇大妄想、微小妄想、そのどれらも客観的に見ればそんなバカな…と思う内容でも本人は大真面目に考え、苦悩し葛藤していることがわかった。何も見下しているわけではない。当然自分にも何かしらの異常性は持っているであろうから。そしてこの本から得られる示唆はなんだろうか考えたときに、周りのユニークな人たち、或いは異常ではないか?と考えしまう人達も、それを何の疑いもなく迷いなく普通に行動しているんだろう思った。そう思うと付き合い方を諦めてしまいそうにもなるが、異常の定義が曖昧であり、明らかな異常者でない限り、そのような人達と共生しなければならない。何か自分は他人視点で書いているようだが、自分も例外じゃないことは心に留めておかなければならない。

まぁこういう人達が世の中に普通に居るというのは、あたりまえのことなんだと認識することができた。その上でそのような人達とどのように接していけばいいのか?本書を読んでいて良く出てきたワードは火に油を注がないということ。患者の理不尽な訴えを退け正論で諭したところで何もならないというようなニュアンスはいくつか出てきた。その場では表面的でもいいから傾聴することが正しい対処法なんだろう。まぁそうだろうと思うがこれがなかなか出来ない。理不尽が一番嫌いだから、相手にも分からせてやる!という何とも醜い反発心が生まれてしまうのが自分の悪い癖である。

これも1つの異常性なのか、キャラクターなのかコミュニティの中で上手く共生していく難しさというのはやはり変わらないと感じる。しかしこのような症例、どのように接していくのか?など心構えがあるとないとでは自分の精神的余裕に大きく関わってくる。そういった意味でいろんな示唆があった一冊だった。

■その他。

筆者が研修生の時、先輩の言動に全て見通されているのではないかという畏怖を持ったという下りと、ベテランになった今になっても精神医療の難しさ、人の心なんて一切読めないという気づきの部分が好きだ。

俺も新人時代は上司を全知全能のように思ったが、人間の考えることの出来る部分なんてたかが知れてるし、人間皆同程度なのだろうと感じるようになって、何故か心に余裕が出てきて自然とパフォーマンスも上がってきたのは不思議な話だ。

VUCA時代の仕事の基本

読了。
先の見えない時代だからこそ、今までの当たり前を捨てて新しい価値観を受け入れながら進まなければならない。普遍的な価値と新たな感覚、このバランス感覚がいつも大事だ。選り好みしてはいけない。けど軸を持っていきる。10年前の良が今の悪だったりする。人生アップデートし続けなければならないのだろうと感じた。

本の構成は4章、
①限られた時間で成果をだす
②答えのない問いに答えをだす
③多様なメンバーをまとめる
④働き方をサステナビリティを高める

以下、心に響いたこと。
⑴四半期は500時間しかない。三ヶ月あればなんとかなると思っていても、実はすぐやってくる。時間は限られているという感覚を具体的な数値に置き換えることで意識を高め集中へつなげる。

⑵すぐやるは正義。
今日やれば1分で終わることが、明日やれば5分、一週間後にやれば30分はかかる。そうやって寝かせれば寝かすほど、その仕事にかかる時間は増えていく。なぜなら思い出す時間や、人の意識を向ける時間が増えていくから。この意識はなかった。だからすぐやるが正義。一番鮮度が、高いときに裁くことが、最も時間をかけないということを心に留める。

⑶組織人三種の神器
大義名分、権限、スポンサー
これらを持たずして仕事を行うことは武器を持たずして戦にいくようなもの。
政治力も大事だということ。自分のスキルだけに過信しても行けるところは限られている。だからと言って政治力ばかり身につけても中身の無いペラペラ野郎になるからな。

⑷上にたつものとして、大きくあれ。
血が出るほど舌を噛む。
耳の痛いことは一つに絞る。

下の世代だって、なにをやろうとしているかはすぐ分かる。だから分かる部分をあーだこーだ言われたって鬱陶しいし混乱するし、成長にならない。上にたつものとして多くを語らないこと。そっと見守って導いてやれるかを意識したい。ただ耳の痛いことは一つに絞り間髪入れず伝えることも重要。
だから自分はこれだけはっていう軸を持っておくことも重要だよな。

⑸いつも笑顔。
窮地に陥っても、焦らず堂々と平静であるべき。でないとその微妙な緊張は下へと伝わる。いつも器の大きな人間でありたい。
リーダーシップとは半分演技ある。という言葉も響いた。

⑹自分の弔辞を考える。
死ぬときになんと言われるか考える。どうありたいか?理想を掲げて生きよう。

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